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2007年9月30日 (日)

〈ごらん,世界は美しい〉







「ごらん,世界は美しい」

(中村元 訳『ブッダ最後の旅〜大パリニッバーナ経』p66)


アーナンダよ。ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹の地は楽しい。ゴータマカ霊樹の地は楽しい。七つのマンゴーの霊樹の地は楽しい。バフプッタの霊樹の地は楽しい。サーランダダ霊樹の地は楽しい。チャーパーラ霊樹の地は楽しい。


(楽しい…原義は「愛すべき」の意。)













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2007年9月29日 (土)

〈今日死を決するの安心は〉







「今日死を決するの安心は」

(『吉田松陰・留魂録 (講談社学術文庫)』pp97-98)


一, 今日死を決するの安心は四時(四季)の順環に於て得る所あり。蓋し彼の禾稼(農事)を見るに,春種し,夏苗し,秋苅り,冬蔵す。秋冬に至れば人皆其の歳功の成るを悦び,酒を造り醴を為り,村野歓声あり。未だ曾て西成(秋に植物が成熟する)に臨んで歳功の終るを哀しむもの聞かず。吾れ行年三十,一事成ることなくして死して禾稼の未だ秀でず実らざるに似たれば惜しむべきに似たり。然れども義卿の身を以て云へば,是れ亦秀実の時なり,何ぞ必ずしも哀しまん。何となれば人寿は定まりなし,禾稼の必ず四時を経る如きに非ず。十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。三十は自ら三十の四時あり。五十,百は自ら五十,百の四時あり。十歳を以て短しとするは蟪蛄(けいこ:夏蝉)をして,霊椿(れいちん:長生する霊木)たらしめんと欲するなり。百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪蛄たらしめんと欲するなり。斉しく命に達せずとす。義卿三十,四時已に備はる,亦秀で亦実る,其の秕たる(単にモミガラなのか)と其の粟たる(成熟した粟の実であるのか)と吾が知る所に非ず。若し同志の士其の微衷を憐み継紹の人あらば,乃ち後来の種子未だ絶えず,自ら禾稼の有年に恥ざるなり。同志其れ是れを考思せよ。










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2007年9月28日 (金)

〈片付かぬまま〉







「片付かぬまま」

内山興正著『大空が語りかける−興正法句詩抄』p68)


 *「堕つるのは わが役目

救うのは 阿弥陀の役目」

この二つをひっくるめ

片付かぬまま

なむかんぜおんぼさつ

なむあみだぶつ


    *因幡の源左さんの言葉




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2007年9月27日 (木)

〈Breathing in,Breathing out〉







「Breathing in,Breathing out」

(Thich Nhat Hanh著『Living Buddha, Living Christ』p16,p18)
(Thich Nhat Hanh著『生けるブッダ、生けるキリスト』pp18-20)


Breathing in, I calm my body.
(息を吸って 私はしずか)
Breathing out, I smile.
(息を吐いて 私は微笑む)
Dwelling in the present moment,
(このいきに生きることこそが)
I know this is a wonderful moment.
(私には すばらしい一瞬(ひととき))


Breathing in, I am aware of my heart.
(息を吸って 私の心臓に気づく)
Breathing out, I smile to my heart.
(息を吐いて 私の心臓に微笑む)
I vow to eat, drink, and work in ways
(気づきの飲食と仕事を誓う)
that preserve my health and well-being.
(私の健康と幸せのために)













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2007年9月26日 (水)

〈Take My Hand〉







「Take My Hand」 

(Thich Nhat Hanh著 『The Long Road Turns to Joy』p65)


Take my hand.

We will walk.

We will only walk.

We will enjoy our walk
without thinking of arriving anywhere.

Walk peacefully.

Walk happily.

Our walk is a peace walk.

Our walk is a happiness walk.





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2007年9月25日 (火)

〈祈りの力〉

友人のために祈りたい。
その祈りの証に,祈りの言葉を毎日upしていこうと思う。
そして,その言葉とともに,一チュウ(火+主)の坐禅をしよう。







「祈りの力」 
(マタイ7・7〜11,ルカ11・9〜13)

求めなさい。そうすれば,与えられるであろう。捜しなさい。そうすれば,見つけるであろう。たたきなさい。そうすれば,開かれるであろう。

だれでも,求めるものは受け,捜す者は見つけ,たたく者は開けてもらえるのである。

あなたがたのうちで,自分の子どもがパンを求めているのに,石を与えるものがいるであろうか。

また,魚を求めているのに,へびを与える者がいるであろうか。

あなたがたは悪い者であっても,自分の子どもたちに良い物を与えることを知っている。まして,天におられるあなたがたの父が,自分に求める者に,良い物をくださらないことがあるだろうか。


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