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2008年3月19日 (水)

〈祈りの糧〉







「祈りの糧」

奥村一郎『祈り』(p52)



しかし,ここで一つの区別をする必要がある。「祈り」と「祈りの糧」ということである。「命」と「命の糧」とは別のものであるように,「祈り」と「祈りの糧」は同じものではない。体に命を与えるものはアニマ(霊魂)であるが,その「命の糧」となるものは,ふだんの食べ物である。そのように,祈りの命は愛,それも「神よりの愛」(ヨハネⅠ4・7)であるが,この祈りの命である愛が,わたしたちのうちに育てられていくためには「祈りの糧」が必要である。それは一口に言って,わたしたちの日常生活であり,その日々のできごとである。成功や失敗,幸不幸の喜怒哀楽によって織りなされる人生のうちに祈りは育てられ,また逆に,祈りは人間を育てていく。「生きる喜びや悲しみ,愛することも,憎むことも,わたしにとって祈りである」ということは,この意味,すなわち「祈りである」というよりも「祈りの糧である」と解されなくてはならない。さらに正確に言えば,「祈りの糧である」というより,「祈りの糧となる」,あるいはさらに,「祈りの糧とする」ということである。






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