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2008年3月26日 (水)

〈きく(6)〉







「きく(6)」

奥村一郎『祈り』(p69)



このように,キリストに従うことは,まったく自己を無にすることである。「裸になって,裸のものに従う(Hieronymus:nudus nudum sequitur)こと」であり,それは,徹底的に「刈りこまれる」ことにほかならぬ。「本質的なものに接ぎ木され,枝葉のものを切り捨てること」が芸術の大原則であると言ったのは,フランスの偉大なる彫刻家ザツキンのことばである。霊性の世界,キリストとのかかわりにおいては,いっそう,そのことが言われなくてはならない。







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