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2008年3月31日 (月)

〈心を放下して,知見解会を捨てる〉







「心を放下して,知見解会を捨てる」

「【八つ不戯論】5「天地一杯の私を生きる」これが大切」『内山興正法話集~天地一杯の生命~』



『正法眼蔵随聞記』にこんな言葉があります。
「道を得ることは,心を以て得るか,身を以て得るか。今わが家は,身心ともに得るなり。其の中に心を以て仏法を計校する間は,万劫千生得べからず。心を放下して,知見解会を捨てるとき得るなり。…中略…然あれば心の念慮知見を一向に捨て只管打坐すれば,道は親しみ得るなり。然あれば道を得ることは,正しく身を以て得るなり」
私にとっていちばん大切なのはこのことなのです。
私という男は,澤木老師にいわれると造作が多すぎるそうです。たしかに,なにかというとすぐ考える。しかし,坐禅をするときまで考えていたのでは救われようがない。
そこで私は,若い頃はいつも坐禅に入る前の晩,寝る前に必ずこの文章を読んで,自分の頭で考えたら仏法はダメなのだとよく自分に言い聞かせました。そして,「心を放下して,知見解会を捨てる」ことが大切なのだ。道を得ることは,正しく身を以て得るなり,ただ身体でやるよりほかないのだ,ということを一生懸命自分にいいきかせたのです。






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